想刻 -DIARY-

「にいがた総おどり祭」の魅力にとりつかれた、鼓太郎という男のボランティアスタッフ「ガッチリ」記録班としての日々

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※手記1※第5回にいがた総おどり祭 開祭前夜

前夜祭まであと一日という日の夜の新潟フェイズに、にいがた総おどり祭の実行委員である響’連の姿があった。

新曲『天地の大愛(アマツチノタイアイ)』

須賀連、ガッチリスタッフが見守る中、本番前の最後の演舞が行われていた。

その頃私はというと、会社の歓送迎会で同僚と談笑していた。
ただ、気持ちは常にフェイズと万代十字路にあり、何度も時計を見ながら、気が気ではなかった。
万代十字路では21時頃まで設営作業が行われており、フェイズでは響’が頑張っている・・・
そう思うと、会社の人には悪いけれど、一刻も早くフェイズに駆けつけたかった。

結局私が解放されたのは21時過ぎ。急いでフェイズに向かい、入り口でスタッフTシャツに着替え、ダメもとで中に入っていった。
ステージ上ではちょうどガッチリメンバーが全員立ち上がり、挨拶を始めている状況で、まさに間一髪。
肝心なところだけは間に合った。
欲をいえば、演舞に間に合いたかったのだけれど・・・。

能登さんも春さんも、すごくいいことを言っていて、ステージ下の100人を超える響’連の姿を見渡しながら、この場に自分がいられることに感謝した。

フェイズを出て、注文していた下駄衣装の受け取りのため事務局へ。
昨年同様、事務局で祭りの当日を迎えた深夜零時過ぎ。
事務局は意外なほど落ち着いていて、昨年のように響’の子たちでにぎわっているわけでもない。
あとから聞いた話だが、響’のみんなは各自、家でWelcomカードを書いたり、メダルを作ったりの作業をギリギリまで続けていたらしい。
事務局にはガッチリのコメコやあっちの姿があって、場内案内板のラミネート作業や、PCメール受信を拒否している人たちへの携帯を使った連絡作業、各種マニュアルのコピー作業をしていた。

前夜祭の早朝5時半には、毎年「安全祈願祭」なるものがある。
現在の時刻はすでに1時に迫ろうというときで、少しでも睡眠を取るのなら、もう帰らなければならない時間だった。
それでもコメコは仕事が終わるたびに「ほかにやることはないですか?」と繰り返し、何もやることがなくなるまで黙々と作業を続けていた。

その姿に、後ろ髪ひかれる想いがあったが、機材の準備やバッテリーの充電等が済んでいなかった私は、自分に任された使命感を胸に帰路に着く。

「安全祈願祭」が始まる5分前、私は電気が付いたままの部屋で目覚めた。
そこからはもう大変である。
顔を洗い、スタッフTシャツを着込んで、大急ぎで自転車をこいだ。

P9160723.jpg

私が着いたときには、もう終わる直前で、なんとか5枚ほど写真が撮れただけだった。

早朝から罪悪感いっぱいで、万代十字路へ。

P9160727.jpg

交差点の真ん中には、眠そうな顔、寝起きの顔、さわやかな顔、様々な表情のガッチリスタッフがいた。
結局コメコは徹夜だった。
ほかのメンバーも大体みんな3、4時間ほどの睡眠時間だった。

P9160728.jpg

朝6時ともなるとあたりはすっかり明るく、清々しい朝日に包まれながら全員で手をつなぎ、大きな輪になった。隊長の庭山さんにつられるように、その手を大きく上げ、みんなの気持ちがひとつになっていく。

いよいよ怒涛の3日間がはじまるんだ。
  1. 2006/09/20(水) 12:31:25|
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